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中国牧場奮闘記 その20 ~うそでしょっっ!~ |
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2015年10月5日
少し話はそれますが、いくつか人材選択ミスのお話をさせて下さい。
中国で僕が未だに指導を続けられているのは、すばらしい人格の中国人の仲間がいるからです。しかし、さすがにどこの国でもとんでもない人間はいます。牧場を始めた当初、急性鼓腸症で2頭の牛が死亡しました。せっかくというのも変ですが、僕は牧場のスタッフと現地獣医師に「防疫訓練」を実施するために、パワーショベルで穴を掘って、石灰乳で埋設処理をして見せました。
その二日後に、埋設した場所を訪れてみると、大きな穴だけが残っていて、牛の死体がありません。スタッフの一人が「きっと誰かが盗んで売ったんです。」と話してくれました。僕にはさすがに、その行為が理解できなくて、「いったい何のために?」と聞き返しました。すると、彼は「食肉としてですよ。」とこともなげに話してくれました。
後に実際は彼が結婚資金のために掘り返して売ったことが発覚して彼はクビになってしまいました。販売価格は2頭で700元(当時の為替で10,000円程度)だったそうです。まあ、日本でも似たような事は過去にありましたけどね。
もう一つの体験は、僕が日本の知人の紹介で入れた日本語の達者な人だったのですが、入って1年半くらいから「牛に挟まれた」とか「枠場で打撲した」とか言って働かなくなっていきました。最後には「家内が浮気しているから、やめさせてくれ」と言いだして、それでは仕方ないね、と止めてもらったら、すぐに他の牧場に「日本の松本老師仕込みのプロフェッショナル」と自分を売り込み、高給で雇ってもらっていました。
その後に電話してきて「松本先生に負けない牛を作ってみせますよ。」と薄ら笑いで話してきたので、「君には無理だ。後期のふりかけの中身は、C君にしか教えていない」と答えると、2ヶ月後にはそのC君を引き抜いていきました。僕は2人とも一生懸命大切に育てたつもりでしたからとても残念でした。
ただ、その程度で牛飼いを極めることはできません。二人とも数年で、その牧場をクビになってしまいました。
僕は信頼関係がないと仕事なんてできないと思っていますが、自分のことを甘ちゃんだな、と思い知った出来事です。
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