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ゲストのコラム
被災地を旅して 〜TALKへ行きたい!最終回〜

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2012年10月16日

被災地のお話ではないのですが、9月13日、東京・秋葉原で「シカ肉・解体料理セミナー」に参加しました。講師は滋賀県の農業普及指導員で自称「シカ肉コーディネーター」の松井賢一さん。

会場の解体現場には、猟銃で撃たれた直後に血と内臓を抜かれ、冷凍で届いたシカが1頭、青いビニールシートの上に、横たわっていました。まるで眠っているよう。

全国の農山村で、イノシシやシカによる農産物への被害が深刻になっています。地元の猟師さんが撃つだけでは足りず、ワナを仕掛けたり、電柵を張ったり、さまざまな対策が行なわれていますが、柵を飛び越え、地面を掘って田畑へ侵入するシカの食害は、なかなか収まらないようです。そして——

「では、最初に脳みそ=セルヴェルを取り出します」と松井さん。
いきなりシカの頭の骨をペンチでバキバキ。中から脳みそを取り出し、熱湯で湯がき始めました。
「えっ、頭を割るところから始めるの?」
 初めて参加したので、心の準備が足りず、私にとってはかなりショックな光景でした。見ればまだ、身体の小さな子鹿じゃん。何も頭から割らなくたって……。
「次はタンを取り出します」
「ええーっ! シカのタン?」
「前から引いてもムリ。顎の下に深く切れ込みを入れて、下から引き出します」
 私の動揺をよそに、作業はどんどん進みます。内臓は既に抜かれていたので、大腿骨を割り、皮を剥ぎ、後モモを切り離し、背中のロースを2本取り出します。ふだんはここまで15分。スピードを要求される仕事です。

 本来は、猟師さんが仕留めたら30分以内に心臓上の動脈を「止め刺し」。体内の血液を一気に放血させなければ、血が酸化して悪臭の原因になってしまうそうです。
 最初に取り出した脳みそやタンは、フランス料理店へ。脳みそは「セルヴェル」という料理の材料として、ニーズがあるとのこと。鮮度が命なので、真っ先に取り出さなければなりません。タンはシチューに。モモ肉は「カレーハウスCoCo壱番屋」の「鹿カレー」に、細長い背ロースは、主にフランス料理店へ3500円/㎏で販売されています。

 70㎏のオス鹿一頭でも、食用になるのは、モモ肉12.8㎏、背ロース3.1㎏。全体の23%前後に過ぎません。「それにしても、なんて可食部の少ない動物なんだろう」。牛さん、豚さん、そしてイノシシに比べても、ずっと少ないのです。

 松井さんは、猟師さんから解体技術、フランス料理のシェフからシカ料理を学び、解体施設や流通ルートを独自に開拓。「シカ肉を食べることで、シカ害を減らす道」を切り開いてきました。たとえ奈良の人たちから「神の使いを食べるのか!」と非難されても、農山村を守り、有効に活用するには、食べるシカない……。

 思えば牛さんも、豚さんも、そして鶏たちも、必ず屠畜、解体されて私たちの食卓に上ることを、誰もが忘れてしまいがち。それは日本人がずっと農耕中心で、家畜を屠る場面を目にする機会が少なかったせいかもしれません。田んぼや畑を守るために、これからはシカやイノシシとも、ちゃんと向き合っていかないといけない——。

 震災が、被災地の農産物や生産者に、改めて目を向ける機会を与えてくれたように、増え続けるシカやイノシシたちも、食べることに傲慢になりがちな日本人に、何かを警告している気がします。

● 松井賢一他著『うまいぞ! シカ肉』(農文協)

滋賀県の松井賢一さんは、シカの解体から流通、調理まで、一気にレクチャー。

内臓を抜いて、冷凍で届いたシカ。脳みそ、タン、後ろモモ、背ロース……どんどん解体が進んで行きます。

若鹿のロースのステーキは、臭みもなく柔らか。3歳以上になると硬さも増して、煮込み料理に。

(おしまい)

三好かやの
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